この度、当社のご支援活動を踏まえたインタビューを、お客様に実施いたしました。
話し手は、1店舗の喫茶店から始まった風月フーズの福山社長、同社のシステムを支え続けて30年以上の田中課長(風月フーズ株式会社)。
聞き手と記事執筆はノンフィクションライターの酒井真弓さん(合同会社しらすとたまご)、写真撮影は濱崎泰弘さん(作品サイト)にお願いしております。
なお、当社のご支援については2019年2月から開始し、取材内容は2024年1月末時点のものです。
風月フーズ 管理部 田中茂任さん(左)、代表取締役社長 福山剛一郎さん(右)
1949年(昭和24年)創業、博多銘菓「雪うさぎ」やレストラン運営などで知られる風月フーズ。2020年、コロナ禍がもたらした業績悪化の逆境の中、社長の福山剛一郎さんは「生き残りをかけたDX」に踏み切った。
Google Workspaceを導入し、コラボレーション環境の整備やペーパーレス化を進めるとともに、老朽化していたオンプレミスの基幹システムをフルクラウドに。さらに、Google CloudのAppSheetを使って業務アプリの内製化にも着手した。これらの取り組みは、従業員の意識を変えた。福山さんが本当に変えたかったのは、システムではなく、創業から約70年で組織に深く染み付いた「慢心」だった。
戦後間もなく、天神の喫茶店として創業した風月フーズは、来店客一人ひとりの好みに合わせてコーヒーを淹れていたそうだ。「心をこめた一杯のコーヒー」の精神は、経営理念として今も語り継がれている。1969年の空港飲食事業参入を機に、同社は交通系販路を拡大、60億円企業にまで成長した。現状維持さえしていれば会社は安泰。それが、コロナ禍で一気に揺らいだ。
「慢心した組織では、人は単に仕事をさばく労働力でしかなくなってしまいます。私たちは、たとえ交通の便が悪い山の中でも、お客さまが欲しいと思える商品を作れる会社になりたい。愛情を込めて商品を作れる人を育てられる会社になりたいと思いました」(福山さん)
2022年春、福山さんはAIを使った需要予測について実験中だと明かした。あれから2年、風月フーズのDXはどう進展したのか。2024年春、再び風月フーズを訪ねた。
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AIによる需要予測が本格化 顧客起点の工夫で業績回復の兆し
2023年、風月フーズは、AIやGoogle CloudのBigQueryを使った需要予測を本格化した。
以前は、販売データの収集にも「涙ぐましい努力がなされていた」と福山さんは振り返る。独自のPOSシステムからダウンロードしたデータをExcelで加工し、印刷して現場に配布していたのだが、数日がかりの作業で、加工の仕方も担当者によってバラバラ。どの商品が何個売れているのか、正確には把握できていなかったという。
現在は、RPAとGoogle Apps Script(GAS)、Looker Studioを連携し、販売データのダウンロードから可視化まで自動化している。つまり、売上動向をリアルタイムで把握し、さまざまな施策に活かせるようになったのだ。
例えば、販売データを活用したバスケット分析。ある店舗では、メロンパンと缶コーヒーがよく一緒に購入されていることが分かった。そこで、ドリンク棚の横にメロンパンを並べてみるなど、顧客起点のテストを行っている。
「これまで集客といえば、高速道路の通行量や天気などの外的要因が作用するもので、自分たちがどうこうできるものではないという思い込みがありました。今はデータをもとに、売り場のレイアウトや新商品の効果検証をしています。自分たちが工夫することで少しでも売上が上がったら、やはりうれしいですよね。私は、そんなふうに現場の熱量が高まったことが、DXの非常に大きな成果だと思っています」(福山さん)
本当に変えたかったのは、システムではなく、創業から約70年で組織に深く染み付いた「慢心」
こうした変化は、業績回復にも好影響を与えているようだ。コロナ禍で落ち込んだ業績は約90%まで回復し、従業員一人当たりの売上高は、コロナ前の1.3倍まで向上しているという。
客足が戻りつつある一方で、現場の負荷は高まっている。そこで、一部店舗にセルフオーダーサービスの「QR Order」や、猫型配膳ロボット「ふうちゃん」「げっちゃん」を導入。昇給や特別給与の支給など、待遇面でも働きやすい環境を整備している。
次なる展開として、福山さんはCRM(顧客関係管理)を挙げる。サービスエリアをはじめとする店舗の客層は、運送ドライバーや家族連れ、スポーツ団体などさまざまだ。たまたま立ち寄った一見客が多いかと思いきや、LINEの顧客アンケートで見えてきたのは、「意外とリピーターが多い」という事実。
「データから得られるこうした気づきは、今まで以上にお客さまに寄り添ったサービスを展開する原動力になっています。CRMによって顧客の属性と購買情報を紐づけ、接客はもちろん、商品・サービスの開発をより強化していきたいです」(福山さん)
現場が主役のノーコード開発 店舗間の競争意識を生んだ棚卸アプリ
風月フーズでは、AppSheetを活用したノーコード開発にも取り組んでいる。始まったのは約2年前だが、今では数人で黙々と業務アプリを開発する「もくもく会」が開催されているくらい活発化しているようだ。
飲食業には欠かせない品質管理業務にも、自作のアプリを使っている。検査結果をアプリに入力すれば、自動的にクラウドにデータが集約されるという優れものだ。管理部の田中茂任さんは、「リスキリングで、しかも自主的に開発されたアプリ。素晴らしいことだと思っています」と語る。
風月フーズのクラウド化が一気に進んだのは、35年間手間暇かけて作り上げてきたオンプレミスの基幹システムをすんなり手放した、田中さんの柔軟性と新しい技術への好奇心によるところも大きい。
同じく自社開発した棚卸アプリも、新たな変化をもたらしているという。田中さんは、「棚卸アプリによって各店舗の進捗が手に取るように分かるようになり、良い意味で拠点間の競争意識が芽生えてきた」と手応えを語る。総じて、デジタルを”手段”としてうまく使いこなせるメンバーが増えているようだ。
痛いところを突いてくる、伴走者の存在
風月フーズのDXを語る上で欠かせないのが、同社の変革を支え続ける伴走者・ライクブルーの池田治彦さんだ。池田さんは当初、組織開発コンサルタントとして風月フーズに参画したのだが、福山さんの悩みを聞く中で、同社の組織改革には、社内各拠点のコミュニケーション不足を解消し、散在するデータを連携するシステム刷新が必要だと指摘したのだ。
田中さんは、「池田さんはいちいち痛いところを突いてくる」と語る。組織に深く入り込み、細かいワークフローの問題にまで口を出す。時には従業員から煙たがられることもあったが、組織の問題とシステムの問題、どちらも理解する池田さんだからこそ、思い切った改革ができたのかもしれない。
社内の空気にも口を出す。その一つが、ChatGPTを活用した朝礼の活性化だ。かつての風月フーズの朝礼は、節約で照明を消していたこともあり、暗く沈んだ雰囲気が漂っていた。これでは福山さんが何を言っても社員のモチベーションは上がらない。そこで、まずは照明をONに。そして、ChatGPTに松岡修造になりきって朝礼の企画を考えてもらったのだ。著名人のペルソナを借りて組織課題の解決策を探るユニークな試み。今では、プレゼンスライドに挿し込むイラストをAIに描いてもらうなど、生成AIが業務にも浸透し始めている。
つい先日、勤続33年のベテランが退職した。率先してAppSheetでアプリを開発していた一人だ。池田さんと彼がたまたま一緒になった帰り道、彼は「変わりましたね」とつぶやいた。「最初は反発もしたけれど、池田さんの言う通りに変えてみたら結果が出て、利益も出て、自分たちにも還元されて……私たちが30年やってきたことは、ぬるかったというか、甘かったと学ばされました」。戦友と呼ぶのが一番しっくりくるだろうか。「僕も最後にそんな話ができて良かったです」。そう言って別れた。
「魂を磨く」 新たにした経営者の覚悟
福山さんは、創業家の4代目だ。幼い頃から自分の役割は理解していたものの、継ぐのが嫌だった時期もあったという。
「稲盛和夫さんの本に『魂を磨く』という言葉が出てくるんです。生まれたときに預かった魂を、死ぬときにはちょっとでも磨いた状態で次の人に渡すんだと。事業を承継し、いろいろな経験をさせていただく中で、私も魂を磨く機会をもらえているんだと感じるようになりました。経営者になってよかった。明日になったら『もう嫌だ』と言っているかもしれないですが(笑)」(福山さん)
経営者になってよかった。
魂を磨くプロセスには、コロナ禍も含まれている。
「本当に苦しかった。一方で、会社を変える大きなチャンスでもありました。現状維持ではなく、投資すべきところに投資できたことが、これからも私たちを支えてくれるはずです」(福山さん)
風月フーズのDXは、従業員のマインドセットと組織変革が重要であることを示している。AIもノーコード開発も手段に過ぎない。現場の主体性を引き出すことが、真の内製化とDXの推進につながるのだ。
昭和レトロな雰囲気のオフィスだがITは先端にチャレンジ。